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でなければならない教

自分の生活について、真剣にモデルチェンジをしたいと思っている。20代の自分は、〜でなければならないに支配されて年月が終わってしまった。

資格を取得しなければならない、仕事で良い結果を残さねばならない、納期に遅れてはならない、毎日満員電車にのって片道1時間45分の通勤なんて苦しいと思ってはならない、その職場で認められなければならない、これらルールを守らない他人は批判せねばならない・・・。

そのねばならない教の教えでは自分は幸せになれない。そう気がついたのは、30になってからのことである。それで、もっと負荷の軽い仕事ができる業界で働けるようにしよう。給料なんて少なくて良い。仕事なんて長時間働いても、自分はなにも成長していない。等々に気が付き、ねばならない教の洗脳から外れて、今現在に至るという。

ネットのまとめサイトを見ていると、ねばらならない教の信者がたくさんいるように思うし、社会はねばならない教の信者で溢れていると感じている。ねばならない教の信者は、他人を批判し、自分を批判するが、批判が自分の幸福にならないということに気がついておらず、ただただ、自分にも相手にもストイックを要求し続ける。それで自分が潰れてしまうまで。

それを行うことが、自分の幸福にならない限り、ねばならないものなどないんだ。自分の幸福を向上させないものに触れることは無意味である。俺はこのことに気がつくまでに10年かかった。

考え方を変えることはできた。あとは実際の生活環境だ。もっと自然の中で暮らしたい。もっと、田舎に住んでみたい。家賃から開放されたい。小屋を自分で作ってみたい。資格ではなくて、好きなことを好きなだけ勉強したい。

まだ行動はできていないが、これからは自分の幸せを作りに行く人生になる。

それに気がついたのが嬉しくて、本文を書いた。