今年は新・映像の世紀から始まった

NHKが歴史ドキュメンタリーとして、新・映像の世紀というシリーズを制作している。現在、第3集 「時代は独裁者を求めた」まで制作されており、4週は1月末に放送されるということである。

第3集 「時代は独裁者を求めた」を今日見たのだが、年齢を重ねるごとに、歴史に対する理解が深まってくるなと感じる。今も資本主義は行き詰まっていると思っていたが、1930年台にも、同様の気分が蔓延し、その結果ヒトラー等の独裁者が誕生した経緯が逢ったことを初めて知った。

何も決められない民主主義より、決断し、行動する政治を。今聞いても、魅力的に感じる。ナチスが連戦連勝していたころは、アメリカにも親ナチス派がいたことを初めて知ったし、ヘンリー・フォードが、反ユダヤ主義で、ナチス資金提供していたことも初めて知った。

現代の閉塞感は、既に85年前に出現しており、その閉塞感を打破しようとし、戦争が起こり、終わり、安定した段階が今なのだ。安定したこの段階で感じるこの閉塞感はどういうことであろう。ナチズムファシズムでは、駄目であった。今度はヘンリーソローのいうように、森に帰る(自然と密に共生する)時代になっていくのかもしれない。

ヒトラーが、ヨーロッパに対して戦争を仕掛けて、フランスが陥落するまで1年しかかかっていないことも初めて知った。初めて知ったことばかりだが、もっと長い年月をかけて征服したものだとばかり思い込んでいた。ヒトラーというと、強制収容所だの、独裁者だの、そのイメージばかりであったが、そういった一面を持つ一方で、抜群の実績を残した内政家であり、軍事にも堪能で、高い実務能力を併せ持った人物であった。

しかし、独ソ不可侵条約を破り、ソビエト連邦を敵に回したことで、イギリス、アメリカも敵にまわすことになり、ヒトラーの快進撃はたった5年で終わる。ヒトラー自身も、ベルリン陥落寸前に、愛人のエヴァブラウンとともに自殺する。

結局のところ、彼は何がしたかったのだろう。彼は、若いことは画家になりたかったらしい。そのために田舎からでてきたが、大学の試験に合格できず、そこから軍事、政治にのめり込んでいく。国家の収入を3倍にし、ヨーロッパを手中に収めた時点で、それを安定運用するといった発想にはならないのか。ならないのだろうな。それが、ヒトラーヒトラー足らしめた狂信だと思う。

そもそも政治という機能に期待しすぎている部分があるのかもしれない。毎日、朝早く起きて、運動して、勉強して、働く。ときおり本を読み、考え方を深め、納得できないことはしない。俺はそれができれば満足だ。